アパレル出身の私が中国CEIBSでMBAを目指す理由

私は2018年8月にCEIBSに入学し、学生アンバサダーを務めている日本人のMBA生です。私の家族は私の幼い頃から引越しが多く、子供の頃は日本、海外を含め同じ都市に続けて3年以上住む事がありませんでした。人生で19回目の引越しをし、今は上海のCEIBSのキャンパスにある学生寮が私の住む家となりました。


浴衣を着てJapan Nightのイベントに参加

ファッション業界でのキャリア

私のこれまでのキャリアはCEIBSの他のMBA生と比べても少し特殊かもしれません。ロサンゼルスで大学を卒業した後、華やかなファッション業界に憧れて美容師を目指すことを決めました。ロサンゼルスの美容院で働きながら、ファッションウィークなどのショーやイベントでモデルのヘアメイクを担当するアシスタントをしていました。

数年後、日本に帰国してからはスペインのアパレルブランドZARA (ザラ) のジャパン社に入社しました。ZARAの原宿店で働きながら、社内のインターナショナル・サポートチームというチームに属していました。サポートチームとはZARAの本社のあるスペインの他、日本や韓国など東アジアの国より選ばれたメンバーによって成るチームでした。チームメンバーはそれぞれ普段は自国の店舗で働きますが、アジア太平洋の地域でZARAの店舗がない国に出店する際、本部から要請を受け、その新規店のオープンサポートの為に出向します。通常出向の1週間前に通知を受け、各国のメンバーが新規店に集合します。2週間ほどかけて、まずは空っぽの店舗に商品を入れ、ストックを作り、倉庫と店舗のインフラを整える所から始めます。お店がオープンしたら接客をしながら現地のスタッフのトレーニングをし、現地のスタッフが自分たちで店舗を運営できるようになるまで数ヶ月間滞在します。

1週間前に突然連絡が来て知らない土地に出向する、と言うと他の人はストレスに感じるかもしれません。短期間で新しい環境に慣れ、他国や現地のチームと仕事をしていく事は子供の頃から引越しと転校を繰り返した私にとってはぴったりの仕事だった様に思います。

サポートチームの経験で最も難しかったのは台湾での新規店オープンの時でした。1ヶ月の期間内に倉庫を開設し、50人以上の現地スタッフに倉庫業務を教える事を任されました。現地スタッフとまともに意思疎通できる共通言語がないのにどうやって成し遂げられるのか、当初は私を含め現地のスタッフやサポートチームメンバーも自信がないままでした。幸い現地のスタッフに英語や日本語を少し話せる子たちがおり、現地のスタッフと時間を過ごすうちに私も大学生の頃に勉強した中国語を少しずつ思い出してきました。中国語の発音をスタッフに直されながら3ヶ国語のごちゃ混ぜの言語に身振り手振りで説明していると、私が倉庫業務を教えているのか、スタッフが私に中国語を教えているのか分からなくなり、皆で笑い出してしまう事もしょっちゅうでした。この時は、現地のスタッフのひたむきさと、文法も発音もめちゃくちゃな私の中国語を辛抱強く聞いてくれた優しさに感謝しました。スタッフの努力の甲斐もあり、1ヶ月後私が日本に帰国する頃には現地のスタッフも自分たちで倉庫を運営できるようになっていました。次会う時はちゃんと中国語で話せるように勉強を続けるから、と約束してお別れをしました。

数年後、私は別のアパレルの会社に転職し、Filage (フィラージュ )という婦人服のブランドを新たに立ち上げるチームにマーチャンダイザーとして配属されました。ファッションブランドと言うと店頭に並ぶお洋服のデザインを考える「デザイナー」を思い浮かべる方が多いと思いますが、マーチャンダイザーはデザイナーが創造したデザインを製品にするための業務を担当します。新ブランドのマーチャンダイザーの仕事内容は多岐に渡りますが、例えば生地や素材の手配をしたり、工場とコストや仕上がりのスケジュールを交渉したり、PR・マーケティング担当者と完成したコレクションの販促方法を考えたりするのがマーチャンダイザーの主な業務です。


Filage Spring/Summer 2016 ランウェイショー

Filageの立ち上げチームとしての業務はお店がオープンする一年前、オープン時に店頭に並ぶ商品の企画から始まりました。会社としても新たな試みが多く、トラブル続きでした。オープン時に店頭展開を予定していた商品の多くが中国生産でしたが、それらの製品の完成に大幅な遅れが生じ、オープン時に間に合わない可能性も発生しました。中国の環境政策が変わったため生地工場やアパレルの生産工場に対する規制が厳しくなり、その対応で工場が1ヶ月閉鎖、生産ラインも最低でも1ヶ月は止まると言う事でした。


Filage ブランド立ち上げチーム

Filageのお店がオープンしてからも、店頭に足を運んでくれるお客様は少なく、なかなか売上が上がりませんでした。そんな中Filageの洋服を手にとって、買ってくださるお客様の多くが中国からのインバウンドのお客様でした。これはFilageのみならず、日本の小売業界全体で感じる流れで、日本のブランドを日本人だけでなく、どうやって中国のお客様に売っていくか、と言う事も視野に入れつつ商品の企画を考える様になりました。小売業やファッションマーチャンダイジングのあらゆる面で中国の影響力が急速に拡大している事を感じ、中国市場をもっと知りたいと言う興味が増していきました。

私がMBAへの進学を決めた時、上海と言う場所からCEIBSを選びました。台湾で出会ったスタッフとの約束が果たせていなかったのが心残りだった事、また、今上海が世界のファッションシーンで最も注目される都市の一つとなっている事から、上海にきて、アジア全体のファッショントレンドを自分の目で見たい、肌で感じたいと言う直感的な想いがありました。中国ではどんなファッションスタイル、色、テイストが受けるのか見てみたいという好奇心も大きかったと思います。CEIBSに来て教授からマーケティングの基本は”Always start from the customer (常に顧客を知る事から始まる)“と教えられた時、自分が上海に来ると言う判断は正しかったと思えました。

MBAの折り返し点

CEIBSに入学してはや3学期、この短期間にもすでにたくさんの出会いがありました。一緒に杭州マラソンに参加した同級生の昌子ちゃん。インドのデリーのお宅に招待し、家庭料理をご馳走してくれたインド人の同級生たち。日本でCEIBSの授業を受けるジャパン・モジュールや、キャンパスで開催されたジャパンナイトのイベントに参加し、日本人の私以上に日本文化に興味を持ってくれる同級生。CEIBSでは一番勉強が大変と言われる1学期、2学期中にも毎週中国語を教えてくれる同級生もいました。


生徒や教授まで参加したJapan Night

MBAプログラムもちょうど半分ほど終わり、折り返し点まで来ました。振り返るとMBA生活の中で一番印象に残る思い出は学業以外の事ばかり。MBAの学生生活の中で、学業以外の経験がいかに重要かを物語っているかの様です。あと数ヶ月で同級生と離れ離れになるのかと思うと少し切なく感じますが、残りあと半分となったMBA生活、CEIBSで得た素敵な出会いに感謝しながら過ごしたいと思います。